殺したんじゃねぇもの

青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

第一章 「 逮 捕 」

 

報道とうわさの渦の中で


情報化社会のこわさ

 新聞、テレビ等、最近のマスメディアの発達について、多くの人は知りたい情報が詳しく、敏速に手に入るようになり喜んでいることであろう。そしてまたマスメディアも知名度をあげるために、スクープをとるようにがんばっている。マスメディアというのは私たちに未知の新しい情報を伝えてくれるので、いつも注意の対象となっていることも事実である。しかしマスメディアのもたらす数々の弊害もその発達に伴って大きくなっていく。新聞や、テレビという大衆影響の高いものが嘘の報道を流すわけがないと知らず知らずのうちに思い込んでいる人も多いのではないか。しかしマスメディアの情報をすべて正しいと考えるのは危険である。誤りであっても、マスメディアを通して流されると、真実であるかのように思わされる場合が多いのだ。ここでは、野田事件においてのマスコミと、そのもたらした影響について考えてみたい。


メディアの中の青山さん


 普段静かな田舎に起こった凶悪な殺人事件ということで、マスコミは事件を大々的に取り上げた。そして、遺体が全裸で、両手両足を縛られ、性器に単三電池二個を入れられていたという状況から即「変質者」の仕業と報道していた。すべて警察発表をうのみにし、それを脚色したものであった。このような場合、警察は直ちに現場付近に住むある特定の人に目をつけることが多い。それが障害者や被差別部落の人、決まった家を持たない人たちなどである。

 野田事件の場合、 三〇人ほどの 「変質者」がリストアップされた。現場近くに住む四人が浮かび上がってきた。事件が起こった九月一一日の翌々日、九月一三日早朝に、被害者の遺留品が発見される。遺体発見現場付近からも、また、この遺留品からも、犯人を特定する証拠がいっさい出ていない。九月一四日、千葉日報は「現場近くにすむ無職A(三一)が当日、女の子の帰りを待ち伏せていた」とし、四人の中で青山さんが有力容疑者だと報道している。この後も千葉日報は有力容疑者Aに絞り、九月一五日「Aの裏付け捜査に全力」 九月一六日「四人のうち女の子とも面識のある有力容疑者が一人」と連日報道している。



 もう一つ、青山=犯人として、地元読者に偏見をうえつけたものがあった。京葉新報という、死体発見現場と同じ野田市瀬戸地区から月三回発行されている新聞である。その中に、小説「ゆがみ」として、この野田事件のことが連載されていた。小説といっても地元の人なら誰が読んでも青山家のことについて書いてあるとわかるような文章である。小説は六回にわたって連載され、「小学生殺害のA逮捕される」というところから始まる。  「やはりそうか」という見出しをつけ、Aが犯行を自供したと全くでたらめを書き、うわさを集め、青山正さんだけでなく青山さんの姉や母親までを侮辱する。「生活保護をとって、福祉を悪用している」「姉は、複数の男を家に連れ込んでいる」「母で知った異性」等、根拠の無い悪意に満ちた噂をばらまく。

 そして、青山正さん単独の犯行ではなく、家族ぐるみの犯行だとし、青山家の人々にたいして中傷を投げつける。犯行内容を聞かれて「わからない」と答える青山さんを、惨殺行為をしたのに詫びる気配もないと書き立てる。青山家に対しても、「反省の色や謝罪の態度を見せず、図々しさにはあきれ果てる」等と書く。そして、青山さんと青山家の態度を「すべてがゆがんでいる」と結んでいる。

 社会から排除され、家族とのつき合いしかなかった青山さん。青山さんのことを本当によく知る人はいなかったのだろう。「ゆがみ」はそういう人たちに、青山さんは凶悪な殺人犯だと思いこませるには十分なものであった。

 根も葉もないうわさをかき集めて記事にし、架空の事実を作り出し、さらにうわさを拡大していく地元紙。その相互作用によって障害者・青山正さんに対する差別が拡大されたことは事実である。



 青山さんは当時口紅のキャップの「面とり」作業の内職を自宅でしていた。唯一、青山さんが家族以外に関係ができていた人として、この内職を分けてもらっていた隣のSさんがいる。普段青山さんと内職のことで言葉を交わしていたSさんも、いざ、このような事件が起こるとやはり青山さんに対して露骨な差別感情を現すのであった。

 事件の翌々日、九月一三日付司法警察員面前調書(以下員面)供述調書によると、「犯人の心当たりはありませんが、変質者という事件であり近所に精神薄弱者」がおり、「強いていえば、正さんが怪しい」と述べている。

その理由が、「死体発見現場が青山家に近い」ことや、「午後四時頃内職の出来具合を見に青山さんの家に行くと、  いつも汚い格好なのに普段よりきれいな格好で」「水道のところで手を洗っていた」からというのである。

この三点からは、青山さんを犯人と決める根拠は一つもない。

 その七日後の九月二〇日付員面調書では、さらに詳しい供述に変わっていく。九月一三日の調書では全く出てこなかったのだが、被害者が襲われたと思われる時間に「青山さんの家に向かってかけていく足音」をきいており、それは「大股でサンダルでパタパタと歩く聞き覚えのある足跡」だったと供述している。また、「水道のところで手を洗っていたの」が「母屋と犬小屋の間から歩いて来て水道で手を洗った」と詳しくなる。記憶というのは、  一般に日がたつにつれて薄れていくものだが、「青山がやった」と思いこんで考えていくのか、この人の場合どんどん詳しくなると同時に、日がたつにつれて青山さんの位置が遺体発見現場に近づいていく。

 ほかにも七月か八月に、ショートパンツとノースリーブで青山さんのところへ行くと、 正さんに 「いやらしい、 なめるような目付きでみられた」 (九月一五日員面)などと、一生懸命「青山正はいやらしい」という像を浮かび上がらせようとしている。青山さんは犯行ストーリーを再現させられたビデオを撮らされるのだが、Sさんはそれを見て「事件の前日、青山正さんが手ぬぐいを持って家の前の木のところにいたのを思い出した」  (一二月一五日付検察官面前調書)というのがある。  「今から思うと女の子を待ち伏せしたのではないか」と。

三ヶ月も前のことをそれまで全く触れずにいたのに急に思い出すあたりが一生懸命青山さんを犯人に仕立てあげようとしているみたいでおもしろい。事件の前日のことなど、それも手ぬぐいを持って外の出ていたなどという何のたわいもないことを急に思い出すのであろうか。

 この人だけではない。正さんが前にオートバイのキーを盗んだことがあった。青山さんが何故そんなことをしたかは分からないが、盗まれた人からずっと昔のことを掘り返して「青山正は平気でうそをつく乱暴な性質」と性格を決めつけている。そして「古井戸の存在は近所の一部と青山家しか知らないから犯人ではないか」と言っている。

 なぜ青山さんは逮捕されたのだろう。これまで述べてきたように、マスコミは事件直後から変質者キャンペーンを繰り返し、近所の住民もある特定の人物にターゲットを絞り込んできた。犯行と青山さんを結び付ける直接的な証拠はまだ一つもなかった。現場に残されていた指紋も足跡も青山さんのものと一致するものはなかった。

女の子の遺留品からも、何一つ直接的証拠は出てこなかった。その中での九月二九日の逮捕。根拠のないうわさをかき集め、嘘もおりまぜて嘘を拡大再生産をした地元紙。警察発表を鵜呑みにして「変質者」キャンペーンを繰り広げたマスコミによって青山さんは逮捕されたとしか言いようがない。マスコミは大きな罪を犯したままでいる。