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青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

第二章 「 有 罪 」

 
 

 

物的証拠が示すもの

 
 
 
青山さんが有罪とされる上で、警察はいくつかの物証を出してきているが、それらの物証はすべてが疑問に満ちあふれている。何気なく見ると本当に青山さんが犯人であることを証明しているような証拠が実は有罪の証拠でもなんでもないということを、主なものを取り上げて見ていきたいと思う。
 
 
 

<指紋・足跡>

 
 野田事件においては、遺体発見現場付近でたくさんの「指紋」「足跡」が採取されている。しかし、それらの中には、青山さんのものは一つもなかったのである。以下、それらの問題点について見ていく。
 
 
 
一九七九年九月一一日—被害者の女の子が埋められていた古井戸穴から、特徴不鮮明の足跡痕三個、足跡様の痕跡二個、周囲の竹一二本から指紋一八個、竹林南側から青山さん宅の母屋東側横手の地上に不鮮明な足跡九個を採取。
 
九月一二日—竹林全体から、全部で七八個の足跡を確認。
そのうち比較的はっきりした三八個を採取。
 
九月一三日—被害者の女の子のカバンが発見され、その付近から足跡痕四個、付近の竹から指紋一個を採取。
 
 
 
 このように三日間で、合計足跡痕五六個・指紋四一個が採取されたわけだが、鑑識の結果「被害者に符合するものはなし」ということであった。
 
 ではここで、取調べの中で、作られていった青山さんの自白調書に基づく犯行ストーリーに目をむけてみよう。
 
被害者の女の子を連れて竹林を歩き、古井戸穴で犯行におよんだことになっているのだが、その一帯で、青山さんの足跡が採取されておらず、被害者の女の子らしい小さい足跡も採取されていないのは不自然である。
 
 また、古井戸跡の穴は、東西二m、南北一・九m、深さ一・四五mの大きさであり、何かにつかまりながらでないと出入りするのは困難である。しかし、青山さんの指紋は竹から一つも出ていない。青山さんが手袋を使ったり、犯行後にふきとったりという自白もないし、もちろん、そういう証拠もない。つまり、青山さんの指紋や足跡が全くないということは、青山さんが犯人でないことの一つの証明となるのである。
 
 
 
 
 

<目撃者>

 
 青山さんが逮捕された前後で、警察は付近の住人に聞き込みを行っている。その中で犯行直後の青山さんを見たというSさんの証言(前章参照)もあるが、その証言はマスコミ報道や警察に誘導される形で青山さんを犯人にするのに都合がいいように変遷している。
 
 ここで言いたいのは、「犯人が犯行におよんでいる現場を見たものは誰もいない」ということである。たとえば、自白に基づいた犯行ストーリーでは、四〇分間ものあいだ被害者の女の子を待ち伏せていたことになっているが、その間だれにも目撃されなかったというのはおかしい。
 
 
 
 
 

逮捕の決め手

 
 
□金属粉
 
 前章でもふれたように、警察は「内偵」と称し事件発生の翌日から青山さん宅へ上がり込み、事件から一八日後に逮捕となったわけだが、その逮捕の決め手となったのが「金属粉」である。青山さんは、事件当時口紅のキャップのバリ取りの内職を自宅で行っていたのだが、その際に出る金属粉と被害者の女の子の着衣についていた金属粉が一致したというのである。しかし、この金属粉には二つの点で疑問が残っている。双方の金属粉に同一性があるのか? また、直接付着したものか? である。
 
 まず、金属粉の成分であるが、アルミ製の物については「酷似している」という鑑定結果が出ている。ただし、しんちゅう製の物について鑑定は「ともに銅と亜鉛を成分にしている」といっているが、その比率についてはふれておらず、これでは同一の成分と断定することはできない。
 
 もっと重要なのは金属粉の形状である。検察側は、青山さんが女の子に「抱きつくようにして着衣を脱がせたり、殺害した後、着衣を抱きかかえるようにしてカバンの中に入れたり、遺棄場所まで運んだ」と主張しているが、青山さんと被害者の女の子との間に接触があったとすれば、双方に付着していた金属粉は同一のものでなければならない。しかし、青山さんの衣服についていた金属粉と、被害者の女の子の遺留品についていた金属粉を比較すれば、表※に示すとおり、大きさが全く違うのである。
 
 では、直接付着したものであるのか。そうであれば、普段二人が接触する機会はないのだから、犯行時に付着したということになる。では、このことが証明されているのだろうか。
 
 女の子の遺留品から、金属粉は、「土砂粉、赤・白・青色繊維、植物片、昆虫片」と混じった状態で採取されている。遺体発見現場の周辺には、青山さんやSさんなど、同じ内職をしていた人たちが出す金属粉が無数に散らばっている。土の中の金属粉が女の子の衣類などに付着したと考えるのが自然であり、青山さんから直接付着したことを少しも証明していない。
 
 また、青山さんの衣服から採取された金属粉の採取場所についてもトリックがある。青山さんから被害者に直接付着したのなら、当然青山さんの衣服の表面から金属粉が採取されなければならない。しかし、青山さんの衣服から採取された金属粉は、すべてズボンの折り返しやポケットの中など、衣服の表面ではなく奥まったところから採取されている。被害者の女の子の着衣から採取された金属粉と同じ大きさの金属粉も一つだけ見つかっているが、それは青山さんの衣服の中でも最も奥まったところ、「靴下の内側」から採取されたものである。これは、青山さんと被害者の女の子の間で直接接触があったことを少しも証明していない。むしろ接触したとする犯行ストーリーを否定しているのである。
 
 
 
 
 
□食用油
 
 もう一つ逮捕の決め手とされたものに「油」がある。
 
 被害者の女の子の口の中に詰め込まれていたハンカチとパンティーには油が付着し、遺体の足元に転がっていた瓶の中にも油が残っていた。また、被害者の遺留品のうち体操服、スカート、ショートパンツにも、油の付着が確認された。警察側の報告によると、被害者の衣服などに付着していた油はいずれも動植物油である。警察・検察は、被害者のスカートから検出された油と青山さん宅の油の成分が「酷似」しているとして、青山さんを犯人とする証拠として主張している。しかし、ここにもトリックがある。
 
 判決では、市販の油であっても保管状況などによって変質し明らかに異なった鑑定結果をもたらすにもかかわらず、青山さんの家から押収した油の成分と被害者の遺留品から検出された油の成分が酷似しているから、青山さんが犯人であると主張している。
 
 もしそうであれば、メーカーや店頭の製品と、近所の各家庭の製品を比較対照し、被害者の遺留品から検出された油と異なる鑑定が出ることを証明しなければならない。しかし、実際には青山宅から押収した油と同じ製品の油については、わざわざ野田から離れた千葉市の店頭から購入したものをサンプルとしている(明らかに組成の差が大きいと思われるもの)のみであり、近所の家庭で使用されているだろう同じ製品については、鑑定すらしていない。これでは、被害者の遺留品から検出された油と青山さんの家の油を比較した結果が似ていたただけであり、犯人を青山さんに特定する証拠といえない。
 
 一般に品質保障は何のためにあるのだろうか。市販されているサラダ油が、各家庭において全く違ったサラダ油になるようでは、消費者としてその会社の油は怖くて使えない。市販品においては日常的な使用において変質を防ぐための工夫が何らかのかたちで行われているものである。
 
 食用油の鑑定は、どこにでもある市販のサラダ油の鑑定であって、青山さんの犯行を少しも証明していない。
 
ここでも、青山さんを何がなんでも犯人にでっちあげようとする警察の意図がはっきりとわかる。
 
 
 
 
 
二種類の油
 
 被害者のパンティーに付着していた油について、鑑定の結果、被害者のスカートに付着していた油とは組成が異なると述べている。つまり、犯行に際して、二種類の油が使われていることがはっきりしている。そして、スカートに付着していた油と青山さん宅の油とがよく似ているとする件については先に述べた。では、パンティーに付着していた油はいったいどこからきたのか。
 
 青山さん宅からは、この油の成分と似ている油は発見されていない。犯行において、二種類の油が使用されているのであるから、青山さんが犯人であれば、二種類とも青山さん宅から発見されるはずである。それが逆に、青山さん宅に存在しないのだから、この事実は青山さんは犯人でないということを証明している。
 
 しかし、一審判決はこの油を全く無視し、二審判決は「組成が異なる理由は詳らかではないが、…被告人方に異種の油があっても不思議は」ないという暴論を押しつけようとする。裁判所は、真実から目を背けてでも、青山さんを犯人にしようとしている。
 
 
 

ネーム片

 
 
 
 被害者の女の子の手提げカバンは、遺体が発見された二日後の一三日朝発見された。そのカバンは、裏側隅にかかれていた住所氏名の部分が切り取られた状態で発見され、警察は、真犯人こそがこの切り取られたネーム片を持っているはずだとし、その発見に全力をあげた。そのネーム片が青山さんの自白に基づき定期入れの中からでてきたとされている。これが真犯人しか知らないことを青山さんが知っていたという「秘密の暴露」といわれるものであり、有罪の最大の決め手とされている。
 
 しかし、このネーム片の発見には、様々な疑惑が含まれているのである。
 
 青山さん逮捕の九月二九日から警察は、その目的をカバンのネーム片の発見として、青山さん宅の家宅捜査を行っている。その時差し押さえたのが、ラジオと鎖でつながった定期入れである。しかし、警察はいかにもあやしい定期入れの中を一〇月九日まで一度も開けて見ていないことになっているのである。捜査の常識からして、このようなことは考えられない。
 
 また、ネーム片が出てきた一〇月九日の取調べの中にも、不自然なことがたくさんある。午前中の取調べで、ネーム片を定期入れに入れたと主張しつづける青山さんの言葉を受けて取調官の宮崎四郎は「開けて見たけどなかった」といっている。それが、午後の取調べになると態度を一変し、わざわざ写真班まで用意させ、青山さんに定期入れを開けさせている。午前中になかったものが、午後になると手品のように出てきたのである。
 
 このように「ネーム片」に関しては、様々な疑惑に満ちあふれている。その影には、警察の証拠ねつ造のにおいが充満している。「ネーム片の疑惑」については次章でまた詳しく述べるが、有罪の決め手とするには、余りにも不透明なことが多すぎるのである。
 
 
 
その他の物証
 
 
 
<乾電池>
 
 被害者の女の子の体内に乾電池、三菱バイタル 79-04(七九年四月製造を意味する)が二本残されていた。これが青山さんのものとされたため、乾電池は物証の中で重要な位置をしめることになった。
 
 この乾電池が青山さんのものとされた決め手は、発見された個数にある。青山さんがトランジスタラジオ用に使う乾電池は青山さんの母親が購入していたのだが、捜査当局は母親がこの乾電池( 79-04)を四〇個購入していたという根拠のもとに青山さん宅を捜索し、九月二九日に三四個、一〇月一日に四個発見した。その結果、押収された乾電池三八個と犯行に使われた二個をあわせて、四〇個とした。
 
 しかし、ここで幾つかの疑問点が出てくる。
 
 まず、購入した乾電池は、本当に四〇個だったのかということである。青山さんの母親が乾電池を購入した電器店は「 79-04」を八〇個仕入れている。九月一五日には店には三個しか残っていなかったのだが、母親が四〇個購入したとすると、残り三七個の行方を明らかにしなければ、四〇個と断定する根拠にはならない。
 
 また、青山さん宅で発見されたのは、三八個としているが、捜査報告書を見る限りでは、三八個押収時点で捜査を打ち切っているとしか思えない。これでは、青山さん宅にあった乾電池( 79-04)は本当に三八個であったのかどうか疑問というほかない。
 
 
 
 
 
<ひも>
 
 一審判決は「被害者の遺体の両手首を緊縛していた木綿ひもは、当時、被告人と同居していた被告人の甥が所持していたベーゴマひもと同種であり、その結び目から同一物と考えられる」と述べている。しかし、遺体が縛られていた木綿ひもの鑑定結果からは商品名はもちろん、用途すら特定されていない。このような状況の中で、なぜ、ベーゴマひもと特定できるのであろうか。遺体から押収された木綿ひもは、その両端に三つの結び目が確認されている。そして、判決の中では、この結び目をもとに、このひもがベーゴマひもであり、青山さんの甥の所持していたものであるとしている。普通ベーゴマひもは、ひもの端に二つの結び目をつくり、その結び目にうまくひもをかけてコマをまわすものである。ベーゴマひもに「三つの結び目」は必要ないのである。このことを裏付ける証言がある。ベーゴマのまわし方を教えたとされる女性である。この女性の供述調書では「ひもの端に二個の結び目を作ってやりコマのまわし方を教えた」となっている。では、なぜこのひもがベーゴマひもとされたのか。それは、甥の証言によるところが大きい。甥の証言では、結び目を三つ作ったことになっている。しかし、この証言は警察によって誘導された疑いが非常に強いものである。
 
 また、ビニールひもは、自白調書では、青山さんは自宅の下駄箱の上に置いてあったビニールひもの玉から切り取って犯行に使用したことになっており、新しいものでなくてはならない。ところが、遺体に結び付けられていたビニールひもは、薄黒く汚れた使い古しのものなのである。その根拠は被害者の両足を縛るという目的とは全く無関係な結び目があることである。つまり、犯行ストーリーとビニールひもの状態は明らかに矛盾するということである。
 
 以上のことから、木綿ひも・ビニールひもは、青山さんと犯行を結び付けるには不明な点が多すぎることがわかる。
 
 
 
 
 
物証に関する結論
 
 
 
 指紋・足跡、目撃者、金属粉・食用油、ネーム片、乾電池・ひもなど、様々な物証が出てきているけれども、何一つ青山さんを直接犯人と特定するものはないことがわかる。冷静に分析してゆけば、むしろ、青山さんが犯人でないことを物語っていることがわかる。物証は、何としても青山さんを犯人にでっちあげようとする警察の犯罪を明らかにしているのである。