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青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

第二章 「 有 罪 」

 
 

遺体が語るもの

 
 野田事件の被害者に関し木村康氏(当時千葉大教授)により司法解剖及び法医学鑑定がなされている。公判においてこの法医学鑑定の視点は殆ど検討されていない。しかし、法医学鑑定と青山さんが「自白した」とされる供述とは大きな矛盾が存在するのである。

死斑に関して

 被害者の遺体においては、死斑が薄いことが指摘されている。死斑とは、死亡数時間後に皮膚に現れる紫色の斑のことで、赤血球が死後破壊され重力で下の方にたまり、色素が組織に沈着することによってできるものである。それが薄い、ということは、
(A)出血多量により死亡し、体内にあまり血液が残っていなかった
(B)死後遺体の身体の向きが変えられた
という二つの可能性がある。

 しかし、遺体発見現場に大量の血液が残されていたという事実はなく、(A)は考えられない。犯行現場が別の場所であり、そこで大量の出血をし、その後発見現場へ運ばれてきたというのなら別なのだが。そうだとすると、遺体発見現場=犯行現場とする犯行ストーリー(青山さんの「自白」に基づくとされる)とは大きく食い違うことになる。それならば(B)だろうか。しかし、犯行ストーリーではそのようなことは全く必要ないのである。


体表の傷

 被害者の体表には、実に合計一〇四箇所もの損傷(大部分は擦過傷か皮下出血)が指摘されている。普通、衣服に隠れるような場所にも確認されている。

 これだけの損傷が生じる理由として最も考えやすいのは被害者の抵抗である。しかし、これは青山さんの供述と矛盾する。青山さんの供述によれば被害者は全くされるがままで、抵抗の後は見られないからである。

 また、ぐったりした被害者をずるずるひきずったりすれば、このような多くの損傷が生じる可能性はある。しかし、そもそも青山さんの供述にそのような事実は存在しないし、古井戸の穴の中で犯行をしたというストーリーに基づけば、引きずって移動したりする必要は全くないのである。

 また、体表に一三箇所にわたって内出血を伴わない傷が確認されている。内出血を伴わないということは死後ないしは死亡直前についた傷ということであり、死後は井戸穴から全く移動しないという犯行ストーリーとは矛盾している。

 さらに、被害者の両手首に紐が巻き付けられていたのであるが、それによってつけられた圧痕は死後のものであることがわかっている。もし被害者の抵抗を押さえる目的であれば当然生前巻き付けるはずであり、死後に巻き付けたのであれば、その目的は遺体の運搬以外考えられない。また、膝の部分にも圧痕があり、やはり死後のもので、手足に紐を通して遺体を移動した、としか考えられないのである。

 取調べの録音テープから、取調官が遺体発見現場の土の上に「箱の跡」がついている事実を青山さんに指摘し、箱を遺体の移動に使ったのではないかと追及していることがわかっている(しかし調書などからは消えている)。

箱を使うとしたら、やはり遺体の移動である。法医学的な観点から見る限り、犯行現場と遺体の発見現場は違う、という方が自然なのである。


頭の陥没骨折

 遺体の頭部には円状の陥没骨折が確認されている。これは青山さんの供述により、遺体近くにあった石を穴の上から穴の下の被害者に向けて落としたためにできた傷ということになっている。

 しかし、この石は一五キロという大きな石で、これを小学校一年生の女の子にぶつければ、陥没骨折ぐらいですまないことは明らかである。取調側は、一旦どこかにぶつかって、それから被害者の頭にぶつかったというストーリーを組み立てているが、そんな都合のいい場所など穴の中のどこにもないのである。



 このように、法医学鑑定によって明らかにされた客観的な事実と犯行ストーリーとは種々の点で明らかな矛盾がある。青山さんを「犯人」とするには大きな無理があると言わざるを得ない。