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青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

第二章 「 有 罪 」

 
 

 
 

虚偽自白=浜田鑑定

 
 
 

《録音テープの示す真実》

 
 私たちは普通「自白」といえば、その人を犯人と決める大きな決め手だと考える。犯人だからこそ「私がやりました。私が犯人です。」と自白し、供述していくのだと・・。
 
 しかし、野田事件の場合、この自白が青山正さんの無実を証明することになる。
 
 青山さんが逮捕された翌日の一九七九年九月三〇日〜一〇月一五日までの青山さんの自白した様子は捜査官が記録し、まとめた供述調書でわかる。そしてもうひとつ、取調べを記録したテープがある。これは全取調べの数分の一しかなく、捜査官の選択によって録音され、録音後の編集された可能性もある。しかし、このテープには取調べでの青山さんの生の声が収められている。これをじっくり見ていくと、おかしな所ばかりなのである。
 
浜田寿美男さん(花園大)の自白鑑定を下敷きに、この自白が本物の犯人のものなのか、次の四点にしぼって見ていこうと思う。
 
 
 

1.否認から自白へ

 
 青山さんには、犯行を否認している調書がない上、新聞では逮捕された二九日の夜には自白し始めたと伝えられていた。青山さんは否認することなく、自白させられていったのだろうか。
 
 録音テープからは、少なくとも一〇月二日の途中までは、青山さんは犯行を否認していたことが明らかである。
 
では、なぜ青山さんな自白を始めたのか。
 
 青山さんが事件とは全く関係のない、「カノ」という親戚とのトラブルを話しだしたのが発端となった。取調官の方にはそんな事情はわからない。すっかり事件と関係があると思い込み、カノの件とこの事件とを一つの尋問の中ごっちゃにしてしまうのである。
 
「カノがやったのか、カノが文句言ったからやったのか、どっちだはっきりしろ。おじさんに分かるように説明しろ。」
 
 カノの件をこの事件とは別だと説明できない青山さんは沈黙するしかない。結局、詰問されて、青山さんは「みんなカノの言うとおりやったんだよ」と答えてしまう。
 
こうして青山さんは「カノに言われて「自分」がやった」と認めることになる。「カノ」のことを説明できる母か姉が立ち会わせていれば、決してこんな自白は始まらなかったはずである。
 
 
 

2.「どこだっけ」「だから」のもつ意味

 
 「カノに言われてやった」という供述が出て、青山さんは開き直ってしまう。取調官は犯行の冒頭、つまり被害者の女の子を捕まえたところから順番に引き出そうとする。
 
「じゃあな、女の子捕まえたのはどこだっけ、ちゃんとはっきり言ってみろ。女の子を捕まえた場所、元気よく言うんだよ」
 
 「だから、電気の柱があったとこ」
 
 このやりとりの後、「電気の柱のところで女の子を捕まえて、庭を通って山の方へ行き、そろっと服を脱がした・・・・」という犯行導入部分の自白が引き出された。取調べのやりとりを見ると、「取調官の誘導はないし、青山さんは積極的に供述しているじゃないか」と思う人もいるだろう。しかし、このやりとり、よく見ると明らかにおかしい。
 
 取調官が「女の子を捕まえたところ」知らずに聞いているならば「どこだっけ」と聞くだろうか。「女の子を捕まえたのはどこだ」と聞くのが自然だろう。この短い間に、青山さんは「だから」を三回も言っている。つまり、これらのことは、すでに取調官と青山さんの間で、同じ問答が何度かされていたことを示している。
 
 この供述は、確かに青山さんの口からでた言葉ではあるが、自発的に青山さんが話したものではない。反復しているに過ぎないのだ。このような取調べは、この部分だけではない。青山さんが語った自白は、犯人にしか話せない特別なものではなく、色々な情報を持つ取調官なら簡単に想像できるものにすぎない。
 
 
 

3.休憩のふしぎ

 
 犯行の導入以後の青山さんの自白が進まない。青山さんは「カノの通りにやったんだよ」と繰り返し認めているのに、肝心のどういうふうに女の子を捕まえ、竹林に連れて行ったか言えないし、裸にしたこと、電池を入れたことについては答えようとしない。取調べの様子を録音テープから具体的に見てみよう。 
 
「お兄ちゃんは、どんな風に女の子を連れていったのか言ってみなさいって言ったって言わないんだもの」 
 
 「だから言ったもの。さっきわかんないって」 
 
「わかんないったて、お兄ちゃんが連れて行ったんだもの。分かるでしょうよ」
 
 「だからカノの通りやって、あとは忘れちゃったて言ってる」「気持ちの優しい人ってのは、自分のやったことをちゃんと話すんだよ」
 
 「おっかねえからいわねんだよ」「おっかねえから言えねえ、どうしておっかねんだ」
 
 「だって・・・・・」「話してみなさい」
 
 「本当はやってねえのに。本当はカノの通りやったのに」「それじゃもう一度聞くけれども、お兄ちゃんは、お兄ちゃんが犯人なんだね」
 
 「どうしてよ」「どうしてよって言ったって、お兄ちゃんが犯人でしょ、お兄ちゃんは内職やめてどこへ行ってたか説明できないんだもの」
 
 「かまわないよ。犯人でもなんでも・・・・・俺、やったんでねんだから本当は。俺カノの言うとおりにやったんだから。なんでも」「カノの言うとおりにやったのか」
 
 「うん。かまわねえよ、本当に」
 
 
 
「本当はやってねえのに。本当はカノの通りにやったのに」。「やってねえ」と「やったのに」、一見おかしい言い方に思える。しかし、これは青山さんなりの否認なのである。 真犯人であっても、「自分はやっていない」と否認することはもちろんできる。しかし、自分が犯人でありながら、「どうして俺が犯人になっちゃたのかな」「かまわないよ、犯人でもなんでも」と言えるだろうか。
 
嘘をつこうとして、こんなことが言えるだろうか。このようにしてとぼけるには、屈折した論理と相当の演技力が必要である。あなたが犯人だったとして、こんなことができるどうか・・・・
 
 この後、青山さんは取調官の質問にも答えなくなったので「休憩」をとることになる。この「休憩」がまた実にふしぎな力を持つのである。
 
 休憩前には、「カノに言われてやった」と、犯行の冒頭部分を自白していたのに、休憩後はカノの話は一切無くなって、青山さんが単独で犯行をやったという自白になっているのである。
 
 この「休憩」の間に何があったのか。録音中断の間、どれくらい時間がたっているのか。それは全く分からない。とにかく青山さんの自白は、ここを境にはっきりとした自白へ移っていくのである。
 
 
 

4.変遷

 
 青山さんの自白には真犯人の自白とは、とても考えられないような変遷が見られる。「思い違い」や「忘れる」ことは真犯人にもあるだろう。しかし、それらを差し引いたとしても、おかしいのである。警察・検察は、つじつまの合わないことは、すべて青山さんの障害のせいにしているが、その原因は取調べる側にあるのではないか。
 
ここでは自白の変遷の本当の原因を探ってみたい。
 
 表1を見ると、一〇月二日には「服を脱がせる」「電池を挿入する」「石を使う」「死体を埋める」「布片を切る」という犯行の中心というべきところが、全く供述されていない。また犯行を認めた供述についてもほとんどが修正されていっている。さらに、ここまでの自白で、被害者の女の子がどの時点でどのように死んだのか一言も語られていないのである。殺人事件で殺す行為が語られていないことを、どう考えればいいのだろうか。
 
 「捕まえる」「竹林へ連れていく」などの犯行を形作る一つ一つの要素を、「自分でやった」と認めながら、それらの具体的な内容についてはことごとく嘘をついたか、間違えたことになる。「やった」と一度認めてしまえば、今さらもう何も隠すことはないはずなのだが・・・。
 
 ここでは特にわいせつ行為についての自白を見てみよう。
 
「じゃ、服はどんな風に脱がせたの」
 
 「・・・」「お兄ちゃん」
 
 「・・・」これが調書では一七問 どういうふうにして女の子の洋服を脱がしたの。
 
 どういう風にして脱がしたか忘れちゃった。
 
 青山さんが罪の重さに自白をためらったのならば、「忘れた」でなく「脱がさない」と否認すればいいのではないか。青山さんにすれば、実際にやっていない犯行を即座に考えだすのは難しい。だから取調官に問いつめられると、「知らない」とか「忘れちゃった」と言わざるを得ないのだ。 
 
 
 
 まだまだおかしなところがある。表2を見ていただきたい。これは本件の犯行を大きく危害・致死行為、わいせつ行為、死体埋棄・証拠隠滅行為にわけて、犯行全体の流れを整理したものである。この表から、この全体の流れが大きく変わっているのがわかるだろう。なぜ、一〇月四日・五日の警察への自白から七日の警察官への自白にかけて、大きく犯行筋書きが変遷したのだろうか。
 
 青山さんがどうしても隠しておきたいことを、検察官の追求で崩され、供述の大変遷が起きたのだろうか。しかし、その理由やそれに至った経緯がどこにも見当らない。この大変遷のきっかけは、「ゲンコツで殴った位では頭に陥没骨折はできない」と検察官が考え、青山さんを追求したことから始まる。結局、物証とのつじつまあわせのために、これだけ大きく変遷したのである。
 
 これで一見つじつまがあったように思えるが、実は、検察官の追求後の供述もまた非現実的なのである(詳しくは前項を参照)。その後の警察による取調べで、青山さんは「石をおとした」「手じゃねえよ」「みんな向う(検察官)で言ったんだ」などと言い続ける。「ゲンコツ」でと考える警察と「石」でと考える検察の間で、混乱している青山さんしか見えてこない。警察や検察が思い描いて追求している以上のことは、何一つ青山さんは供述していない。
 
 この自白の中に、体験した者にしか語れない具体的な描写はどこにもない。事件の状況を知り、客観的な証拠関係をつかんでいる人間なら誰にでも推測できる範囲の描写しか、ここには見られないのである。
 
 被害者の口につめられていたパンティについていた油にも、同様に大きな変遷が見られる。物証の状況にあわせようと、警察は必死なのだが、次々に矛盾が出てくる。
 
しまいには、おかしな点は置き去りにして、犯行ストーリーが作られていく。物証から犯行ストーリーを作るのだから、矛盾が出てくるのは当然である。このように自白の変遷にははっきりと「取調べる側」の誘導が見られる。決して、警察・検察、裁判所が言うように、青山さんの障害のせいでもないし、青山さんが自分に不利なことを隠そうとした結果でもない。この変遷のおかしさだけ見ても、青山さんは自白させられていることがわかる。
 
 
 
 
 

《「本当は殺したんじゃねえもの」と否認するまで—自白を生み出す状況—》

 
 青山さんは第一審の最後、第四三回公判で「本当は僕殺したんじゃねえもの」と否認をはじめ、今も否認を続けている。
 
 犯人でないなら、「なぜ青山さんは自白したのか」「取調べで自白させられても、なぜ裁判ですぐ否認せずに、ずっと認めていて、第四三回公判で否認するなんておかしいじゃなか」と思うかもしれない。
 
 しかし、それがむしろ当然だったのではないか。
 
 青山さんは三一年間ほとんど生まれ育った家を離れたことがなかった。それが突然の逮捕である。青山さんは大きな環境の変化に相当のショックを受けたに違いない。
 
 また、青山さんは黙秘権など自分の人権を守る方法をしっかり教えてもらえず、理解できないまま取調べを受け、裁判を受けていたのである。「裁判とは?」「裁判官、弁護士、警察官の役割」もほとんど分からないままだった。ここに障害者差別がある。
 
 だから青山さんは、弁護士だろうと検察官だろうと、人から事件のことを聞かれると「やっちゃった」と答えるものだと思い込んでしまってもおかしくない。
 
 このように自白させられ続けていた青山さんが否認に転じた大きなきっかけは、お姉さんのはたらきかけだった。
 
 
 
 青山さん取調べでも、裁判でも自白しながらも、何度も否認している。しかし「こいつがやったに違いない」と思い込んでいる警察、検察、裁判官には、真実を語るそれらの青山さんの言葉は届かなかった。ていねいに青山さんの言葉を聞いていくと、青山さんが「自ら進んで(警察・検察・裁判所は任意性のあると表現)」自白していないことが分かる。
 
 「任意性のある自白で信用できる」と有罪の大きな決め手となった青山さんの自白が、実は逆に青山さんの無実を証明する大きな決め手なのである。
 
 皆さんには、青山さんのどちらの声が聞こえだろうか。