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青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

第三章 「 真 実 」

 

 

カバンはすりかえられていた

 
 
 

《新事実がでてきた経過》

 
 私たちは、検証調書に添付されている写真の他に、発見直後のカバンを写した写真がどこかにあると考えていた。七九年九月一四日付のいくつかの新聞には「発見された遺留品」の写真が掲載されていて、どれも同じ写真だから、その元になった写真があるはずなのだ。しかし弁護団からの証拠開示の請求を、検察庁はまったく無視してきた。こうなれば自分たちでさがすしかない。新聞社やテレビ局に問い合わせ、直接出向いて当時の資料を調べた。そして、日本テレビでやっと見つかったのが写真Dである。
 
 当時の日本テレビのカメラマンの話によると、警察が「被害者の遺留品の写真」としてポラロイド写真を公開し、それを各社が接写したのだという。本当は元のポラロイド写真がほしいのだが、検察庁は「そんなものはない」と言い張るだけ。私たちは、この日本テレビの写真と現在証拠として保管されているカバンの写真(E)との比較を、カバンのメーカーと写真専門家に依頼した。
 
 写真Dと写真Eに写っているカバンは、似ているが、よく見ると全く違うものであることがわかった。
 
 
 

《ふたつのカバンは全く別のもの》

 
 
 
 一つ一つ具体的に見ていくことにする。
 
 
 
(1)イラストの下にある商標登録文字
 
 Eには「水木杏子 いがらしゆみこ テレビ朝日 東映動画」と書かれていることがハッキリとわかるが、Dは商標登録文字がうすれていて文字の長さも半分以下である。
 
(2)カバン中央のボタン
 
 Dは素材がプラスチック様で赤く丸みをおびているのに対して、Eは金属メッキのように光沢をおびている。
 
(3)中央にある飾りテープの止め方
 
 Dのテープは、カバンの底まで届いているのに対して、Eのテープは底まで届いておらずカバンのヘリに縫ってある布がテープの上にかぶさっている。
 
(4)カバンの形、特に底の角
 
 Dのカバンの角に比べて、Eのカバンは、ゆるやかな曲線をえがいている。
 
(5)中央にある飾りテープ
 
 Eのカバンのテープは、カバンメーカーによると「レインボーテープ」というもので七色のテープであるが、Dのテープは三色、ぼやけていることをさしひいても五色にしかみえない。
 
(6)イラストの女の子(キャンディ・キャンディ)の髪
 
 Dのカバンに描かれているものに比べてEの方が髪のボリュームがはるかに大きい。
 
 
 
 この他にも、カバン全体の縦と横の長さの比の違い、カバン中央にあるボタンのついているフタの大きさやボタンの位置の違い、よく見れば見るほど、ふたつのカバンは違うものであることがハッキリするのである。
 
 カバンの製造元の社長室長は
 
「このキャンディ・キャンディのカバンは、一九七七年から三年間つくった商品です。トータルで百万個ほど売れ、つくっても、つくっても足りなかった。だからにせものもずいぶん出回ったようです」と言っている。そして、実際に製作を担当していた企画課長は、具体的に数点にわたって違いを指摘し「これは違いますよ。完全に」と明言し、Dのカバンは模造品であることを証言している。
 
 実際の遺留品のカバンと証拠として裁判所に提出されているカバンが違うものだということは、いったい何を意味しているのか。わざわざ警察が遺留品とは別のものを証拠としてねつ造するには、それなりの理由があるはずである。
 
 その理由とは、警察にとって無実の青山さんを犯人にデッチあげるために自白以外の決め手となる物証が必要だったということである。
 
 しかし犯人ではない青山さんからは、ネーム片のありかを聞き出すことはどうしても不可能だった。自白以外には有力な物証もないまま差別的見込み捜査を強行し、青山さんを逮捕した警察は、今度は起訴をし有罪判決を得るためにネーム片のねつ造を思い立ったのである。
 
 実際に青山さんの定期入れからネーム片が出てくる一〇月九日までに、警察が被害者のものと同じようなカバンを手に入れていたことは明らかである。それを使ってネーム部分の「切断実験」などを青山さんにやらせているのだ。似たようなカバン(しかしそっくり同じものは入手できなかった)に被害者の住所と名前を書きこみ、それを切り取って、押収しておいた青山さんの定期入れの中に入れるというのは比較的簡単なことだ。(被害者の母親が書いたというネーム部分の筆跡についても検討を進めている。しかし、彼女は自分の文字を調書にたくさん残しているから、警察がそれをまねることは容易だし、「どういうふうに書いてあったのか」と警察に聞かれて、彼女が実際に書いてみせたものが利用された可能性もある)
 
 この「証拠のカバン」のすりかえが明らかになると同時に、今までの矛盾は全てつじつまがあってくる。押収してから一〇日間も定期入れの中を調べていないことにしたのも、先に触れた一〇月九日の取調べ録音テープの矛盾も、全て説明がつくのである。

 裁判所に提出されているカバン(E)は新品のようである。とても,小学校一年生が半年以上も使用していたとは思えないが,警察がネーム片をねつ造するために新たに入手したものであれば,これも説明がつく。
 
 また検察・警察が、現場で撮影したカバンの写真は他にはないと強弁して、カバンがハッキリと写った写真を提出しないのも、二つのカバンが違うものであることを隠すためだったとすれば、すんなり説明がつく。
 
 カバンのネーム片は「有罪の決め手」などでは絶対にありえない。逆に青山さんが無実であることを決定的に明らかにする証拠である。そして何よりも、障害者差別に基づいて、青山さんを犯人にデッチあげようとした警察の「デッチあげ工作の証拠」なのである。これこそ、人権を無視し、障害者差別に基づいた捜査をすすめてきた警察の本質を示す物証なのである。