殺したんじゃねぇもの

青山正さんを救援する関西市民の会

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更新日 2016-07-31 | 作成日 2016-07-31

「証拠ねつ造」野田事件・青山正さんにあたりまえの無罪を! 

1993年4月4日発行パンフレットより

 
 
1993年に発行したパンフレット「証拠ねつ造」の原稿を掲載します。 
文中の表現については当時のままとしています。 

 

はじめに 

 

 まず最初に、皆様に支えられてこの6年間、救援する会の活動を闘い続けてこれたことを感謝しています。今回、さらなる闘いへの繁栄を願って、新パンフ発刊にこぎ着けました。さらに救援活動を広範な闘いにしていきたいと思っています。
 
 これまでの歴史の中で「障害」者はあってはならない存在として扱われてきました。また、知的「障害」者においては、何をするかわからない、という発想のもとに、日々、差別・抑圧され続けています。例を一つ挙げてみれば、知的「障害」者の入っている施設は、地域のど真ん中にありません。
 
 養護学校義務化と同じ年、1979年に起きた野田事件は典型的な知的「障害」者差別ではないでしょうか。いわゆる厄介者、何をするかわからない者というレッテルをはり、捜査もろくにしないまま、青山正さんを犯人と決めつけ、証拠をねつ造し、自己主張ができないことを盾に取り、自白に追い込んだことは断じて許すことはできません。一貫して権力側は「障害」者はあってはならないもの」という意識付けを行なっています。青山正さんはその犠牲者にされてしまったのです。私たち救援する会は、権力側の狙いを打ち砕くためにも、無罪という二文字を一分一秒でも早くかちとるべく、一人でも多くの仲間と一緒に歩むことを、ここに表明しておきます。
 
 どんな判決が出ようとも、青山さんがシャバに出てくる日はそう遠い話ではありません。しかし、青山さんが安心して生活を送る場所が、はたして、(今の日本に)あるのでしょうか。現実はとてもきびしいと言えます。そこで私たちの当面の課題は、あたりまえに青山さんが地域で暮らしてゆく環境を、多くの人とつくっていくことです。
 
 青山さんの今の生活を想像してください。どんなに暑くても寒くても、今必死に生きて声をあげているのです。「殺したんじゃねえもの」と。それに応えることが「障害」者解放運動のあるべき姿ではないでしょうか。あらゆる解放運動の英知を振り絞って、無罪という二文字をかち取るまで闘いましょう。
 
 蛇足ですが、私も20年ほど前、知的「障害」者のところで在宅訪問活動をやっていたのですが、全く展望を見せることができず、親の一存で施設に追いやらせてしまいました。その時の悔しさをバネに、何とか青山さんの無罪をかち取ろうと決意したことを忘れず、血ヘドを吐くまで闘い続けたいと思っています。みなさん、共に頑張りましょう。
 
         青山正さんを救援する関西市民の会 代表 森 修